v i s i o n    vol,2
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 玉虚宮、崑崙の空に一際巨大な山が浮んでいる此処は、崑崙の頂点に立つ元始天尊が住まう総本山だ。
そして、その内部には道士達の住まう居住区がある、そこには幹部候補の道士や元始天尊の直弟子に当たる道士
達が主に住んでいるのだ。
 部屋はベッドが一つと机と椅子が一組、狭いが一人の道士が眠るだけに帰るには別段問題は無かった。

  太乙はまだ痛む身体を擦りながら自分の部屋へ向かった。
部屋へ入るとすぐにベッドに倒れこんだ。
「もうイヤダ・・・・。」
枕に顔を押し付けて呟く。
目を瞑って浮ぶのは道徳の勝ち誇った笑顔、決して嫌味ではなくて本人はきっと心から嬉しくて笑っているのだろう、
そんな笑顔だ。それが太乙を余計に惨めにさせた。
「・・・・。」

コンコン!

突然のノックに太乙はビクリとして起き上がった。
まさか・・・道徳!?今はアイツの顔なんて絶対見たくないのに・・・。
・・・・居留守を使おう。そう太乙が息を潜めたとき。
「太乙?・・・居るか?」
その声の主は玉鼎の声だった。太乙の顔が急にぱっぁと明るくなる。
「玉兄!?いるよ!いる!」
慌ててベッドから起き上がってドアを開けた。
「眠っていたのか?」
ドアを開けると玉鼎が苦笑した。
「え?」
「ベッドの掛け布が落ちている。」
そう言って中へ入ると太乙が落とした布を拾い上げた。
「えっと・・・。ちょっとうたたねしちゃったみたいでさ!」
太乙はさっきまで半泣きだった自分が急に恥かしくなった。
「そうか。」
玉鼎はそれだけ答えると掛け布を直したベッドの上に座った。
「どうしたの?玉兄。」
いつもより神妙な顔をしている玉鼎を少し不思議に思いながら、太乙はベッドの向かい側に置いてある椅子を引きず
り、そして背もたれに両腕を乗せて跨るとその両腕に顎を預けた。
「太乙。道徳との相互学習はどうだ?」
玉鼎が静かに聞いた。
「―――・・・どうって?」
ちょっと間を空けて困った顔で太乙は聞き返した。
「?・・・何だ、道徳とは合わないのか?」
「合わない。」
太乙らしい言葉の遠慮の無さに玉鼎は苦笑する。
「そうだろうな。」
玉鼎は太乙の身体に目をやった、服の上からでも分かる程に逞しくなってきている身体は道徳との修行の成果を証
明していた。
「道徳のヤツはさ!手加減ってのを知らないんだよ!!見てよこの痣ァー!」
ぐいっと腕を捲くると少し筋肉の付いた腕に無数の痣が散っていた。
「頑張ってるようだな。」
玉鼎が微かに微笑む。
太乙の心は、その言葉に何故か急に静かになってしまった。
「そう。頑張ったんだけど・・・。でもやっぱり道徳には敵わないんだ・・・。」
弱い言葉がつい出てしまった。
「太乙。」
太乙は窘められると思った。こんな弱気で・・・そして、道徳に比べ明らかに自分のほうが体力的に弱いのだ。愚痴を
言うのは情けない。そう言われるのであろうと気を落として玉鼎の言葉を待った。
「道徳は武道だけが取り柄だ。そしてお前は学問。だからお互いに学び合って補い合う。それが相互学習なのだ
ぞ?お前も道徳との修行がなければここまでの頑張りは無かっただろう。そうは思わないか?」
「・・・うん。」
太乙は一言、そう言って頷くより他になかった。
 現実にそうなのだ。日に日に強くなるのは自分でも分かったし、道徳に応戦出来るとそれだけで稽古が楽しく感じら
れたのだから・・・。
そう。何より楽しかったのだ。彼との修行が。



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