太乙は暫らく眠りに落ちていた。
木陰からキラキラと煌く白い光りが冷たく濡れた布を通して瞼をくすぐる。
時折さわさわと揺れる葉音と共に涼しい風が吹いて、その風は太乙の身体の火照りを鎮め更なる眠りを誘うようであ
った。
「道徳・・・。」
傍らに座っている道徳に声をかけた。
「・・・・。」
答えはない。
「・・・・ん?」
座っていたはずの道徳はというと、隣りで仰向けになって寝息をたてていた。
「ど・・・。」
太乙は声をかけようとしてすぐに止めた。はじめて見るその寝顔をしばらく眺めてみる。
武道系の道士の中では珍しく童顔で整った顔をしている道徳であるが、目を閉じると顔立ちが更に幼く見える。
道徳の日に焼けて茶色く透けた短い髪が風に揺れた。
「うーん・・・!」
道徳が突然起きたので太乙は焦って視線を外す、
「ど・道徳!迷惑かけてごめんよ!私はもう平気だからさ、さぁ!試合稽古しよう!」
しろどもどろになりながら太乙は道徳に話し掛ける。
伸びをしていた道徳は太乙の方へ向き直ると、
「お!?そうか!?じゃあ!3本勝負な!」
寝起きとは思えない程はっきりとした口調で道徳は嬉しそうに答えた。
「・・・え・・・。あぁ・・・うん。」
――焦って心にも無いことは言うものではない。―― 。
太乙は自分の失言を後悔した。
闘技場ではすでに道徳が素振りをしている。
「おーいっ!太乙ー!」
呼ばれて渋々闘技場へ上がる。
ゆっくりと槍を構えると正面へ立つ道徳の顔がグッと変わった。
「よし!では3本勝負!はじめ!」
いざ勝負となると太乙も引いてばかりはいられなかった。否、引いてばかりだと逆に酷い目に合わされる事はすでに
学習済みだ。道徳は試合となると容赦がない。
道徳は強かった。
最初の試合での太乙の勝利は間違いなく、「まぐれ」と道徳の「油断」が生んだ結果という事だ。
道徳が太乙の槍の特性を知る今となっては、もはや太乙がそれだけで太刀打ち出来るものではない。
30分も経たないうちに勝負は決まった。 もちろん道徳の圧勝だ。
「よっしゃ!俺の勝ち!」
弱い相手でも全力で向かう道徳に太乙は身体のあちこちに青あざを作るハメとなった。
「・・・・・・。」
いい試合だったなんて言うものか!太乙は悔しさと痛さで顔を歪めた。
「・・・?どうしたんだ太乙、すごく痛いのか?・・・折れたかな?」
道徳は顔を歪める太乙を見ると、ホントに心配してるのかしてないのか分からないような調子で太乙に言った。
「もし折れてるようだったら雲中子っていう道士に診てもらうといいよ。俺も時々行くんだけど・・・ちょっと問題があっ
て・・・。まぁ噂ぐらいは知ってるよな。」
知っている。たしか、終南山の・・・仙人へ昇格出来るにも関わらずそれを放棄して怪しい研究に勤しむ『変人』という
異名を持つ仙人だ。最近、元始天尊さまが無理矢理仙人へ昇格させたという噂だが・・・。
「・・・んーまぁ。変人ではあるけど腕は確かだぜ?・・・でも薬以外の物はアイツの洞府では口にしちゃだめだぞ?俺
なんかこの間・・・。」
そう続きを言いかけた道徳はハッとすると話を止めてしまった。
・・・そんな怪しげな人物に関わるのもごめんだ・・・。太乙は心の中で呟いた。この傷は玉兄に診てもらおう、きっと呆
れつつも優しく手当てしてくれるだろう。
「それじゃあ!今日はこれで終わりだ。楽しかったな太乙!また一緒に試合やろうぜ!」
突然道徳に打ち身で痛む身体をバシバシと叩かれた。不意を突かれた太乙は悲鳴をあげる、
「ぎゃああ!」
「お?悪い!痛かったか?」
このアホと相互学習しろだなんて言い出したあの2人を少し嫌いになりそうだ・・・。
悪びれも無い道徳を尻目に太乙は思った。
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