v i s i o n    vol,2
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『相互学習』
 それは仙人界の道士達の間で良く行われている学習法である。
お互いの長所を認め合い、また短所を補い合う。そして自分の得意分野を相手に教えることが、また自らが仙人とし
て昇格して弟子を取る際に、「人に教える」という経験が役立つのだ。









 「道徳・・・・もうダメ・・・もう走れない。」
太乙はがっくりと膝を落とした。10メートル前方で足踏みする道徳は不満げに言った。
「何だよ・・・まだ10周目じゃないかー。」
10周目といっても玉虚洞を10周だ。武道に優れた中級の道士でも5周目で息が上がるのだ。
「ってめぇ・・・この体力バカが・・・。」
太乙は小さく呟くと、道徳の汗一つない顔を睨みつけた。
「ほらほら!このくらいでバテてちゃぁ来年の武術大会で上位は狙えないぜ?」
楽しげに走りながら道徳が太乙の方へ戻って来た。
「・・・別に上位じゃなくても合格ラインに入れればいいんだよ私は!」
はぁはぁと肩で息を切らせながら太乙は道徳に抗議した。
「その言葉。合格ラインに入ってから言えよなー!」
笑いながらも痛い言葉を降らす道徳に太乙の闘争心が燃え上がった。
「・・・あぁ!そうするよ!」
差し出された道徳の手を断って太乙は再び走り出す。
・・・あんな筋肉バカに負けてたまるか!
「怒り」が力に変わるとは良く聞く話しだが、実際そうだと言う事を太乙はこの時初めて体験したのだった・・・。

「よーし!次は試合稽古だな!」
相変わらず息も切らさず調子良く言う道徳にさすがの太乙も悶絶した。
「道徳・・・休息も身体の為には必要だと思うんだけど・・・。」
そう言った太乙の目はもはや虚ろだった。
「・・・・そうだな!じゃあちょっと休憩!」
道徳も少し飛ばし過ぎたかと反省した。「休憩」と言った瞬間の太乙の顔ははっきり言って気持ち悪いほど輝いてい
た。









しばらくして。太乙は急に立ち上がると草むらへと駆け込んだ。
「う・・・うえええ!」

 あぁ。やっぱり。と道徳は思った。急に激しい運動をすると大体こうなるのだ。慣れればそれも無くなるが、当分はこ
うなるだろう。あのか細い体の太乙がどこまでそれに耐えれるのかは本人次第だが、教える側として、無理をさせて
身体を壊す結果となればそれもまた失格だ。今日はこれで終わりにしよう。そう思った。
 ひとしきり吐いて楽になった太乙が帰って来た。もはや顔は蒼白で今にも倒れそうだった。
「太乙、今日はこれで終わりにしよう。」
太乙は道徳に苦笑しながら言われたのが悔しかったが、もう反発する気力も体力も尽きていた。大人しく頷くと
「ちょっとここで横になっていい?」
と聞いてきた。太乙はもう限界だったのだ。
「あぁ。構わないけど・・・。大丈夫か?悪かったな・・・太乙、俺もちょっと飛ばしすぎたと思ってるよ。」
さっきとは打って変わって自分を労わる道徳を気持ち悪く思いつつ、太乙は力なく横になった。
木陰でぐったりと蒼白になって横たわる太乙はきれいな眠り人形の顔のように整っていて、閉じた瞳は睫毛をより一
層際立たせていた。
道徳は一瞬我を忘れてその顔に見入っていた事に気付くと慌てて立ち上がり、
「えーえっと。あ・そう。冷さないとな!ああ!そうだ!」
明らかに奇怪な独り言を口走りながら道徳は湧き水がある小さな泉まで猛ダッシュで駆けて行った。












「冷たいぞ。」
道徳の声と共に、太乙はひんやりとした心地良い感触を額に感じた。身体の緊張がすうっと解れていく。道徳は太乙
の首の後ろにもタオルを当てると、自分もその横に寄り添うように座った。
「落ち着くまで横になってろよ。」
照れ隠しなのか、ぽつりと独り言のように言うのが可笑しい。
目を閉じたまま太乙は静かに微笑んだ。





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