仙界の静かな朝。
しかし、まだほの暗く朝と言うには早いのであろう。
青白い月が儚い夜空に薄紫の雲海がゆるやかに広がる姿が幻想的だ…。
ドンドンドンドン!!! ドンドンドンドン!!! ドンドンドンドン!!!!
「−−−!!?」
その静寂を破戒するが如く、無作法に、そして遠慮なく、扉を叩く道士が約一名。
「お――い!太乙!起きてるか――!朝だぞ――!」
そして近所迷惑お構いなしで。しかも、まるで真昼に遠くの友人を呼ぶが如くの大声で叫ぶ道士約一名。
その非常識極まりない道士の名は・・・・・
「――――!!!! ど・道徳!!!!!」
「!!!!!!!」
一発で堪忍袋の緒が切れた太乙は勢い良く思い切り扉を開けた。
バン!!!!ガタ――――ン!!!!!
「ぶふぅ!」
道徳は不意を突かれた所為で思わず扉に全身をぶつけると。
その大騒音に両隣りの部屋から他の道士が起き出して道徳を見つけて苦情を吐き出す。
「うっせーぞー!」
「朝の修行は静かにしろってんだ!!!」
太乙は慌てて道徳を勢い良く部屋へ引っ張りこむと
「す・すいません!コイツ阿呆なんです!!」
そう言って素早く両隣に愛想笑いで謝ると、扉をバタンと閉め切った。
「・・・・ふぅーー・・・;」
(やっぱりこういうヤツなんだよな…。)太乙は扉に向かって深く重い溜息を吐いた。
「へぇ〜…太乙の部屋って本ばっかりだなー…わ!何だこの機械!」
そんな太乙の心情を知ってか知らずか、道徳は太乙の部屋を楽しそうに眺めている。
それに向き直った太乙は軽い眩暈がした…コイツ、嫌がらせに来たのか・・・?
寝起きの機嫌の悪さは自覚している。出来れば早朝は誰とも話しをしたくない。でも今回自分は悪くない。悪いのは
非常識なコイツなのだから…否。むしろ、そんなことはもうどうでもいい・・・ついに太乙の思考回路はバーストした。
「…おい…。」
「ん?」
道徳は何食わぬ顔で太乙の方へ向き直る。
「…そんなに私が嫌なら相互学習なんて受けなきゃいいさ!どうしていつもそうやって私をイライラさせるのさ!君は
私に何か恨みでもあるのかい!?言いたいことがあるなら言えば良いじゃないか!」
勢いに任せてヒステリックにそう言い放つと太乙は道徳の襟元をグイッと掴んだ。道徳はその拍子にベッドへと倒れ
こむ。
「え?どうしてだよ!?さっぱり分からないよ太乙!何で怒ってるんだ!?傷がまだ痛いのか?ご・ごめん!心配だ
ったんだ!その!俺。多分はしゃいでたんだと思う。だからつい加減がわからなくなっちゃって・・・。えーと。あ・そう か!朝早過ぎたよな!ご・ごめんな!俺。帰るわ!」
太乙の潤んだ瞳は怒りとも悲しみとも言えない、道徳は戸惑いと焦りでしどろもどろになりながら太乙に謝った。
「・・・・!」
予想に反して素直に謝った道徳に太乙の方は引っ込みがつかなくなった。
「別に・・・傷は痛くない。仙薬飲んだし、玉兄が手当てしてくれたもの…。」
そっけなく答えると道徳の襟元を突き放した。
「あ…そっか。…良かった。」
道徳は本当にほっとした表情をみせるとベッドから起き上がった。
太乙がふと気づくと外は既に朝を向かえ、穏やかな朝日が部屋の中へと差し込んでいた。
「・・・もう朝早くは来ないでよね。私は早起き苦手なんだからさ。」
ぼそりと言うと太乙は部屋の窓を開ける、外からの風がそよそよと心地良い。
「・・・・ごめん。」
今度は声にならないくらい小さく呟く。
「え?何?」
振り返ると太乙はにこりと微笑み
「今日は覚悟しといてよって言ったのさ。」
太乙はそう言うと机の上の本をどっさりと道徳へ手渡した。
「はいvV」
「・・・・うっ・・・。;」
道徳はまるで嫌なものでも見るかのようにその本を渋々受け取る。勝ち誇ったような笑みで太乙は
「私の支度が出来るまで、その"宝貝の基礎方程式"全5巻読んどいてね☆」
太乙は軽やかにそう言うと洗面道具を小脇に抱えて踊るように部屋を出て行った。
パタン。と扉が閉まると道徳は山積みにされたその本の山を無言でじっと見ると
「はぁ〜・・・。」
と溜息と共に体の力が一気に抜けた気がした。それはこの山積みの本の所為でもあったのだが、それだけではな
い。太乙は大抵いつも怒りっぽかったが今日は何故だかいつもの怒り方とは違っていた。それがどう違うのかは良く 分からないが、どうも胸の奥がもぞもぞするような妙な浮遊感が沸き起こってくる。しかし、そういつまでも休んではい られなかった。どう考えても太乙が帰って来るまでに全5巻を読み終えることは不可能だがとりあえず読み始めるくら いはしておかなくては、と1巻目を手に取って見る。
「これ・・・全部読むのか・・・。」
宝貝の基礎がみっちりと書き込まれたそれは1ページ目を見ただけで眩暈がする。
「あぁ・・・。」
道徳はがっくりと肩を落とした。
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